2006-06-27から1日間の記事一覧

「熊野の御師」研究其4

康応二年(一三九0)二月二二日付けの「丹波国春日井庄玉泉坊引檀那願文」(『熊野本宮大社文書』42号〈『和歌山県史 中世史料二』所収〉)に,本宮御師として「しきやのきしとの」(「敷屋の岸殿」)が登場している。 たんはのくにひかミのかうりかすかいしやう…

平安時代の和歌山県「旧南部町」歴史雑感 №Ⅴ

⑤,『中右記』記載の「南部庄」と「亥の野」 『大御記』や憲淳僧正の日記に続いて,一二世紀初期の南部のことを記した史料に,権中納言藤原宗忠が二人の息子を伴って念願の熊野三山(本宮,新宮,那智)へ初参詣した時のことを記した『中右記』天仁二年(一一〇…

平安時代の和歌山県「旧南部町」歴史雑感 №Ⅵ

⑥,『長秋記』と『吉記』記載の南部 『いほぬし』・『大御記』・『中右記』などに続いて,一二世紀の南部のことを書いた史料として,源師時の『長秋記』と吉田経房の『吉記』をあげることができる。 『長秋記』の長承三年(一一三四)正月一三日~二月一四日条…