「祓殿王子社跡」

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 「祓殿王子社」(はらいどのおうじしゃ)は熊野九十九王子の1つとして知られ,県指定史跡です。

 その名前の由来は, 「祓殿王子社」が最も熊野本宮(現「大斎原」)に近い王子社で,ここで旅の汚れを祓ったところから「祓殿」と称せられるようになったといわれています。

 「祓殿王子社」の初見は,鎌倉時代の『後鳥羽上皇熊野御幸記』建仁元年(1201)10月16日条で,そこには「払暁,又出発心門,王子二〈内水飲,祓殿〉,自祓殿歩指,参御前」と記され,さらに「自是入宿所,遅明更帰参祓殿,〈左中弁自夜在此辺〉,為奉侍御幸也」と書かれています。
   
 なお,『修明門院熊野御幸記』承元4年(1210)5月1日条には,「於祓戸王子辺小堂著聊事宜浄衣,参王子奉待御幸」と書かれ,さらに「自此所神宝巳下行列」「参御祓戸王子之後,於此所有御禊」と記されています。
 また,『後鳥羽院・修明門院熊野御幸記』建保5年(1217)10月10日条には,「於祓殿同時有御禊」とあります。

 正中3年(1326)の『熊野縁起』(仁和寺蔵)では,「祓殿」が「祓」をおこなう場として登場しています。

 さらに,室町時代の『熊野詣日記』応永34年(1427)9月2日条に,「午時に祓殿に御つき,御師まいりむかう」とあります。また,文明5年(1473)の「九十九王子記」には「祓殿」とあります。

 なお,江戸時代の「熊野山本宮由緒記」(元禄3年)には,「祓所 天児屋命」とあり,『西国三十三所名所図絵』にも「祓殿王子」,祀神は天児屋根命とあります。祭神が天児屋命であったことがわかります。

 「祓殿王子社」は,現在の「熊野本宮大社」の裏手にあり,「熊野本宮大社」まで0.2㎞,所要時間は約3分。すぐです。