関東地方への旅5日目 後半②


5日目(9月12日) 後半②

 本来なら、前半に引き続いて日光でのこの日の午後の日程を「後半①」として書くべきですが、まだ準備が整っていないため、取り敢えず「後半②」として、先に次の宿泊地である日光市今市(江戸時代の旧今市宿が所在)のことから書いてみることにします。

 曇天です。今にも雨が降ってきそう・・・・。
 JR今市駅近くの村上ホテルに荷物を置き外に出て東に向かうと、小さなお堂をはさんで道路が斜め2つに分岐している光景に出会いました。

 そしてそこの小さなお堂に、像高約3mに及ぶ巨大な石造の地蔵菩薩坐像(通称・「追分地蔵像」)が鎮座していました。(↓)
 この丸彫りの仏像は、日光市文化財に指定されているそうですが、圧倒的な迫力を見せるすごいお地蔵様でした。制作年代は室町時代であろうとのことですが、どうやらいつの頃か洪水のため上流の日光方面から流されてきたようです。
 この地蔵は普通の地蔵と違い、手に錫杖と宝珠を持たず密教系の胎蔵界大日如来仏の法界定印を結んでいます。(↓) これはいったい何なのでしょうか(笑)。

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 しかも、そこには将棋の駒(主に香車。王将もあり)がたくさん奉納されていました。このお堂は安産祈願の神を祭る「産の宮」(うぶのみや)の役割を果たしていたのでしょうか・・・・。また、ここには月と関係する「お三夜さま」の信仰も見られるそうです。
 調査してみる価値はありそうです。私はしませんが・・・・(笑)。

 いやあ、ビックリしました。何の考えもなく便利というだけでここに泊ることになったのですが、誰の導きかわかりませんが、いいものに出くわしました。

 この分岐点、左側の道路が日光西杉並木街道(いわゆる日光街道です。この道は南東にある県都宇都宮市に向かう二車線、現在の国道119号線です。車の通りも多い道でした。

 そしてこの分岐点、右側の道路が日光例幣使杉並木街道です。(↓) この道は鹿沼をへて五街道の1つ中山道に繋がっている道だそうです。

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 この道を歩いてみました。車の通りも少なく、出会った人は1人だけ。何という名前か知りませんが、道端に可憐なピンクの花が咲いていました。

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 この日は今市の町に泊ったのですが、何だか活気のない寂れつつある町といった感じの町でした。
 そして周辺を歩き回って気付いたのですが、日光の町のような賑わいもなく、かつてあったはずの繁華街も消え去ってしまったようです。東急の下今市駅へ行く途中で見つけた和菓子屋・二宮堂の奥さんが町の衰退ぶりを深く嘆いていました。
 それにしてもここの豆大福は美味しかったなあ。