日本山岳修験学会からの帰途 №④ C 上田市別所温泉の「ある記念碑」

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 昨年の11月6日,長野県上田市常楽寺の直ぐ近くで「ある記念碑」を見掛けました。

 その記念碑とは「山本宣治記念碑」です。そして,その周辺には「高倉テル・斉藤房雄記念碑」も建立されています。この3名の人物の関わりは,以下の通りです。

 ちょうど80年前の昭和4年(1929)3月1日,上田・小県農民組合連合会は第2回総会に,上田自由大学の講師として別所に在住していた高知県出身の文学者・「高倉テル」の義兄で労農党の代議士であった「山本宣治」を招待し,記念講演をしてもらいました。

 この記念講演は,1000余名の聴衆に深い感動を与えたといわれています。
 
 しかし,この講演から4日後の3月5日,治安維持法改悪承認のための帝国議会でただ一人で反対演説をするために上京した「山本宣治」は,その夜右翼によって暗殺されました。

 上田・小県農民組合連合会は暗殺された「山本宣治」の死を傷み,追悼大会の決議にもとづいて,翌年(1930)5月1日に,高倉テルの借家の庭にこの碑を建立しました。

 斉藤房雄はこの借家の家主でしたが,警察がこの碑の取り壊しを命令してきたのに対して,この碑を密かに自宅(旅館柏屋別荘)の中庭に埋め,38年間守り通したそうです。

 まさか,ここに来るまでこの土地に京都府選出の代議士(衆議院議員)・山宣こと山本宣治の記念碑があるとは思ってもみませんでした。
 この碑には高倉テルの筆になる「生命は短し,科学は長し」(山本宣治氏の座右銘)という意味のラテン語が刻まれていました。

 いつも日本史の授業で取り上げていた山本宣治氏について,こんな所でその遺徳を偲ぶことができ,深い感慨を覚えました。
 こんな出会いもあるんですね。