田辺市本宮町の湯ノ峰にある宝篋印塔群について

 
 三重県埋蔵文化財センターの伊藤裕偉氏からご高論「熊野街道八鬼山道周辺の中世石造物」(『三重県史研究』24号、2009)、「熊野の中世宝篋印塔集成」(三重県埋蔵文化財センター『研究紀要』第19-1号)をご恵贈いただきました。ありがとうございました。
 
 特に後者の論文の中に、かつて私も調査した田辺市本宮町の湯ノ峰の大岩(初代熊野国造の墓所伝説あり)の上に設けられた宝篋印塔(ほうきょういんとう、鎌倉時代後期~南北朝時代)の実測図が2体描かれていることに注目したいと思います。
 
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 実は江戸時代に描かれた「本宮末社湯峰図」(熊野本宮大社所蔵、岩瀬広隆筆)に、明治36年の大火で焼失した多宝塔(たほうとう)とともに、宝篋印塔が4体描かれています。もっとも、和歌山県立図書館蔵「紀州熊野本宮湯峯温泉之図」には、宝篋印塔が3体描かれていますので、多少の増減があったのかもしれません。
 
 
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 『世界遺産登録記念特別展 熊野本宮大社熊野古道』(和歌山県立博物館)を参照。