滝の拝太郎〔古座川町の民話〕

滝の拝太郎〔古座川町の民話〕

 昔,古座川の小川という所に,滝の拝太郎という釣りの好きな男が住んでいました。
ある日,太郎は滝に釣りに行きました。魚を釣っているうちに誤って刀を滝壺に落としてしまいました。
「しまった!」
 と思って急いで服を脱いで滝壷にもぐりました。しかし,刀はなかなか見つかりません。
しばらくもぐっているうちに,洞穴を見つけました。太郎は中に入って見て驚きました。中には大きな男と可憐な小娘がいて,小娘は大男の身体に灸をすえていました。
 太郎はその光景をしばらくの間,じっと見ていました。ふと,小娘が太郎に気づきふり返りました。太郎が何か言おうとすると,小娘は
「何も言うな」
 というような動作をしました。そのうち小娘が太郎の方に出てきて
「どうしたのですか」
 と尋ねました。
「刀を落としたんです」
 と太郎は答えました。すると,
「あなたの探しているものはこれでしょう」
 と言って太郎に刀を渡しました。そして,
「何も言わないで帰りなさい」
 とつけ加え,小娘は奥の方へ戻って行きました。
 大男は男の気配を感じて小娘をしかっている様子でしたが,太郎は何も言わずにそこを出て家に帰って来ました。
 しかし,家に帰り何げなしに暦を見て,太郎は驚きました。その日の日付は滝に刀を落としてから七日後の日付でした。どうやら刀を探しに行った日から一週間も日がたってしまっていたようです。
 以前,この伝説を記念して建てられた「五輪の塔」というかなり大きな石碑が滝の上にあったようですが,今は壊されてなくなっているようです。

        (紀南文化財研究会編『熊野古道 大辺路の民話』〈和歌山県西牟婁振興局発刊〉より)

〔追記〕これは私が脚色を頼まれた執筆分担の文章です。