「宝阿弥陀仏」とは誰か?

閑話休題
今,もっとも頭を悩ませていることが1つあります。それは,ある弘法太子坐像についてです。
和歌山県岩出町の弘法太子坐像(熊野三御山大仏師良円の作像)の胎内銘の寄進者筆頭に,「宝阿弥陀仏」という法名が記載されています。私は胎内納入物等から見て,この造仏(元亨2年〈1294〉)自体が律宗と関係ありそうな造仏だと思うので,叡尊(1201~1290,可能性大)か,信空,もしくは忍性をさしていると思うのですが,確証はありません。県立博物館の学芸員O氏は,ここがかつての「大伝法院領小池村」すなわち根来寺領に所属しておりしかも弘法太子坐像であるため,根来寺と関係があると主張しておられます。いずれにしても,「宝阿弥陀仏」が誰か,によってかわってくると思われます。
あるサイトの主催者AY氏の情報によりますと,毛利季光法名「西阿」は、浄土教系の「西阿弥陀仏」の略称だそうです。「南無阿弥陀仏」(重源)とその弟子「○阿弥陀仏」「▽阿弥陀仏」数名(○▽は忘却)とあり,重源に信服していた仏師快慶の法名は「安阿弥陀仏」,その子弟が「金阿弥陀仏」「円阿弥陀仏」。そして,真言律宗叡尊に帰依していた中原師員の後家・亀谷禅尼は法名を「浄阿弥陀仏」といいました (岡山のK氏情報)。
誰かわかる人はいませんか??