すさみ町戦国史講座で周参見氏について講演してきました。


 5月19日、和歌山城郭調査研究会から町民への地域史(郷土史)に関わる講演を頼まれ、和歌山県すさみ町へ行って来ました。

 周参見港湾から見た、周参見氏の中世城郭などが散らばる山々(↓)
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  周参見湾頭にある周参見のシンボル・稲積島(↓)
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  場所は鎌倉時代阿弥陀立像をもつ周参見(すさみ)の万福寺(まんぷくじ、臨済宗妙心寺派)。
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 講演内容は、中世後期の周参見庄の国人領主で、近世初期の紀伊国主・羽柴(豊臣)秀長の家臣となっていた周参見を巡る「伝承と史実」について、従来から知られていた史実に新しい史料を加え文献上の基礎知識を町民の皆様に蓄えていただこうとしたもので、和城研代表の白石博則氏の「周参見の中世城郭跡」の見所に関するご講演に続いて私見を皆さんに聞いていただきました。

 白石氏は古武之森城跡、中山城跡、周参見城跡、神田城跡、原城、松本氏居城跡、大谷城跡、里野城屋敷跡などについて城の構造・機能の面からわかりやすく説明してくれました。特に領主である周参見一族の本城(詰城)である藤原城についての見解はさすがと思わせるものでした。
 参考までに原城の位置図と堀口氏による縄張図をあげておきます。
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 なお、当日、白石氏から今年度の『和歌山城郭研究』17号を頂戴しました。
 特集に書かれた白浜町大向出城跡や古武之森城跡、安宅勝山城は、30数年前、『安宅一乱記』の絵図や記載内容を参考に県立K高校の5人の生徒(現在、2人は考古学の専門家、1人は城郭史の研究者になっています)に連れられ、しんどい思いをして誰よりも早く探訪した城跡なので一際はっきりと記憶に残っています。
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